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1枚のカードに秘められた可能性!日本サッカー協会が『グリーンカード』を導入した理由とは

先日、FIFAワールドカップ出場を決めたサッカー日本代表。彼らが世界を目指していくサッカーの試合で提示されるカードといえば、イエローカードやレッドカードです。ところが、日本のサッカー界にはそれらとはまったく異なる意味を持つ『グリーンカード』というものが存在しています。このカードは「フェアプレー精神」や「相手へのリスペクト」を示す選手やチームに提示されるもので、日本のサッカー文化を象徴する取り組みです。

2008年、日本サッカー協会(以下、JFA)およびJリーグは、サッカー(スポーツ)の社会における役割の重要性を受け止め、リスペクトプロジェクトを開始しました。それにともない育成のU-12年代(4種)以下の試合において『グリーンカード』を導入しました。その背景には、どのようなな方針があったのでしょうか。

『グリーンカード』の導入から約20年。日本のサッカー文化にどのような影響を与えてきたのか、そして、これからどのような未来を切り開いていくのかを探っていきます。グリーンカードが示す日本のサッカー文化と育成の未来について、日本サッカー協会審判部・太田光俊さん(以下、太田)に話を伺いました。

BraveSC集合
発達障がいの子どもたちに金メダルを!『Brave SC』が目指す“できる”を増やすサッカー療育東京都町田市を中心に活動する、発達障がいを持つ子どもたちに向けたサッカー療育スクール『Brave SC(ブレイブSC)』。ここでは一般的なサッカースクールとは一線を画し、単なる技術指導ではなく、子どもたちの 自己肯定感を育み、コミュニケーション能力や社会性を伸ばすことを目的にしています。 「子どもたちが“できない”ことを指摘するのではなく、“できる”ことを見つける。そこから、サッカーを通じて成功体験を積み重ねていく。」と話すのは、Brave SCのスタッフたち。 発達障がいの子どもたちは、一般的なスポーツスクールでは環境に適応しにくかったり、集団活動に苦手意識を持ってしまうことが少なくない。Brave SCはそんな彼らがのびのびと成長できる場をつくることを、最大のミッションとして活動しています。 今回はBrave SCの活動を現地取材し、参加する子どもたちや保護者、そして運営・指導するスタッフの皆さんにお話を伺いました。...

あなたは、グリーンカードを知っていますか?

ーー先日、スポーツビジネス関係者の会合でJFA公式のグリーンカードを見せてもらいました。サッカー系の人が多かったにも関わらず、グリーンカードの存在を知らない人もいましたね。

太田)そうですね。この取り組み自体はすでに20年近く行われているので、当時のU-12世代や関係者の方から現在に至るまで小学生世代に関わってきている方には浸透していますが、その年代に直接的に関わらない方々は目にする機会がないかもしれませんね。

ーー約20年近く行われてきた取り組みですが、そもそもはどのような経緯で『グリーンカード』が導入されたのでしょうか?

太田)JFAとJリーグの方針である『リスペクト宣言』に照らして、2008年にリスペクトプロジェクトというものがスタートしました。さまざまな取り組みをしていますが、その中の1つとして、「フェアプレー精神」や「相手へのリスペクト」をポジティブに評価するものとして、U-12(4種)という小学生年代において『グリーンカード』の活用が始まりました。

ーーJFAのウェブサイトでは、グリーンカードが提示される具体的な場面が書かれていますね。

太田)一般的にサッカーの試合で、審判が提示するのはイエローカードやレッドカードですよね。これらは反則行為、つまり選手が良くない事をしたときに使われるカードです。

一方、グリーンカードは、反則行為ではなく、素晴らしい行為をしたと判断されたときに提示されるものです。フェアプレー精神や相手へのリスペクトを示す選手やチームを称えるため、「良い行為ですね」「これからも続けていきましょうね」というメッセージを伝える際に提示します。

グリーンカードが提示される具体的な場面として、JFAリスペクト宣言ではこれらが取り上げられています。

  • ケガをした選手への思いやり
  • 意図していないファウルプレーの際の謝罪や握手
  • 自己申告(ボールが境界線を出たとき:スローイン、コーナーキック、ゴールキック、ゴール)
  • 問題となる行動を起こしそうな味方選手を制止する行為
  • ピッチ上でのポジティブな態度(レフェリーは試合終了の笛を吹く際に、チームベンチに向かってカードを提示する)
グリーンカード2審判が笑顔でグリーンカードを提示(日本サッカー協会提供)

ーー海外でプレーする日本人サッカー選手から「日本人選手はマリーシア(ずる賢い駆け引き)が足りない」という話をよく聞きます。ですが、私の個人的な意見で言うと、日本代表選手が目指す“ワールドカップ優勝”をマリーシアがなくても、フェアプレーで優勝したら断然かっこいい!と思います。

太田)間違いないですね。2018年ロシアワールドカップのグループステージ3戦目では、後半残り時間の戦い方について賛否がありましたけれど、結果として日本は“フェアプレーポイント”でノックアウトステージに勝ち上がりました。私も現地におり、近くにいた外国人の観客に冷たい言葉を浴びせられるという苦い経験をしましたが、でも「勝ち上がったのは3試合通じての結果であり、レギュレーションに則ってフェアプレーポイントで勝ち上がったんだから日本代表は胸を張ればいい」と思いましたね。

ーーそういった観点で言えば、日本のサッカーは世界で戦うたびに、試合後のロッカールームの美しさなど、クリーンなイメージを残している印象があります。そうしたピッチ外の姿勢も含めて「フェアプレー精神」や「リスペクト」の姿勢だと考えると、こうした姿勢は、幼い頃から育んでいく必要があるのかなと思います。

太田)そうなんです!「日本サッカーが世界で戦うために、どんなスタイルを目指すか」は常に議論されており、JFAは“フェアで強い日本”というものを掲げています。

日本サッカーの父と呼ばれるデットマール・クラマー氏の「サッカーは少年を大人にし、大人を紳士にする」という名言の通り、サッカーは心技体だけでなく、人間性の成長にもつながるスポーツです。小学生年代のプレイヤーにとっての“フェアプレー”や“リスペクト”を学ぶ場として、「良い行動は続けよう」と促すためにグリーンカードが導入されるようになりました。

ーー明確に示すものがあることで、子どもたちにとっても“良い行動”の基準がわかりやすくなりますね。ほかには、グリーンカードの導入の意義はどんなことがあるのでしょうか?

太田)グリーンカードが導入された時期は、ちょうど「ノックアウト方式(いわゆるトーナメント方式)」で負けたらすぐ終わりの形式ではなく、「勝っても負けても練習と試合が繰り返されて続くリーグ戦文化」へと転換する流れがありました。加えて、子どもたちのプレー機会を増やすために8人制が採用され、試合数が増加したことにともなう“審判確保”の課題も浮き彫りになっていました。

技術委員会と審判委員会は協議を重ね、従来の3人から審判を1人に減らし、オフサイドの判定やタッチラインでの判定について、ある程度選手たちの自主性・自律性に任せながら試合を進める方式を推奨するようになりました。そうした意味でも、『グリーンカード』の導入が試合を円滑に進めていく上での1つのポイントとなりました。

ーーたしかに、子どもたちは良い行いをすることの喜びを知り、フェアプレー精神を自然と身につけていく中で、グリーンカードが提示される。そのことで、チームメイトや対戦相手、審判など、サッカーに関わるすべての人々への感謝の気持ちも育まれていくのですね。

グリーンカードとともに成長している選手たちの姿

ーーグリーンカードの活用は、小学生年代の心身の成長のためだけでなく、審判を減らしても良い試合が実現できるように促すものだったのですね。グリーンカード導入による“効果”を感じた場面はありますか?

太田)大きくは2つあります。1つは小学生年代へのグリーンカード活用においては、人間性、サッカーの両側面の成長でポジティブな効果が現れているかなという成果。
もう1つは、JFA全日本U-12サッカー選手権大会におけるU-18年代の高校生審判の導入です。

グリーンカードを提示されるU-12(4種)世代について、グリーンカードの提示と試合のゴール数をまとめたものがデータとして出ています(下図参照)。グリーンカードの提示数が増えていくとゴール数も増加する傾向にあり、ラフプレーの警告数が減少し、レッドカードの数も微減していることがわかります。

グリーンカード1グリーンカード提示数とゴール数は増加。ラフプレー警告数が減少(提供資料:日本サッカー協会)

太田)そして、このグリーンカードの導入は、カードそのものを提示するだけに留まりません。JFA全日本U-12サッカー選手権大会では、全国から集まったU-18(18歳以下)年代の高校生約30名が審判を務めます。

大会前には『リスペクトワークショップ』と称し、出場チームの小学生たちが他チームと交流し、「リスペクト」「グリーンカードの意義」を知ってもらうためのワークショップを開催し、そこでは高校生たちが主体的にファシリテーションしてくれています。

ーー高校生審判員にとっても、大きなチャレンジの機会ですね。

太田)参加してくれている高校生の姿を見ていると、審判の立場から「フェアプレー精神」や「リスペクト」を学ぶ良い機会になってきていると感じています。小学生の選手たちはもちろん、高校生たちにとっても「サッカーにおけるリスペクトとはなにか?」を一緒に考えてくれる機会になりますよね。

イエローカードやレッドカードのみのジャッジであれば、審判は「違反行為に目を向ける」ことだけで良いのですが、グリーンカードは違反行為とは対照的な「フェアプレー」「ポジティブな要素」「良い姿勢」に目を向ける必要があります。

この両視点を持って審判に取り組むことは大人でも難しいことですが、U-18世代のユース審判はこちらに積極的に取り組んでくれています。この大会では、選手のみにとどまらず、対戦相手、審判、指導者、大会関係者といったサッカー大会に関わるすべての方々の間に、「リスペクト」を持って臨むという姿勢が醸成されていっています。

そして、この「フェアプレー精神」や「相手へのリスペクト」の想いを持った高校生審判たちが成長していく中で、JリーグやWEリーグの審判員になる、FIFAやAFCといった世界大会の審判へチャレンジするといった事例も出てきています。

グリーンカード導入初期世代は今やトップレベルへと

ーーグリーンカード導入初期の世代は、日本代表でいうと“ベテラン選手”の世代になっているかと思いますが、「フェアプレー精神」の成果は感じられますか?

太田)サッカー日本代表は、FIFA大会でのフェアプレー賞の受賞数が各年代・男女を合わせて世界で一番多いチームです。これは歴代の日本サッカーに関わってきた方たちが積み上げてこられた、誇るべき功績だと思います。

グリーンカード3FIFAの入賞トロフィーとともに飾られているゴールドに輝くフェアプレー賞トロフィー

太田)2024年12月には、槙野智章選手の引退試合で主審を務めた村上伸次主審から「成功を願う」と書かれたグリーンカードが手渡されたことがメディアに取り上げられました。また、小学生年代のコーチや監督から「卒業する選手たち全員に記念品としてグリーンカードをプレゼントしたい」というお問い合わせをいただくこともあります。

『グリーンカード』は、今や日本のサッカー文化を象徴するものとなりつつありますよね。

ーー『グリーンカード』をはじめとした“フェアプレー”への取り組みは、今後どのような未来につながっていくのでしょうか?

太田)日本のサッカーが目指すのは、フェアプレーを貫きながら、世界の頂点に立つことです。競技における“世界一”を目指すだけでなく、このグリーンカードを通じて育まれてきた「フェアプレー精神」「相手へのリスペクト」という日本のサッカー文化が世界の共通認識となり、世界中の新たなスタンダードとなっていけたらいいですね。

ワールドカップで試合後に日本代表のロッカールームがきれいに掃除されていたり、サポーターの皆さんがスタンドでゴミ拾いをしてくださったりというニュースは、まさに日本サッカーに関わるみなさんが“日本代表”としてリスペクトの精神を世界で体現してくださっている象徴だと思っています。

そして、世界の頂点を目指すサッカー日本代表のプロセスを通して、「フェアプレー精神」や「相手をリスペクト」することをサッカー以外のフィールドへ広げていきたいですね。

ーーありがとうございました。

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