「好きなことをやれ。壁はあるが、必ず越えられる。」
そんな力強い言葉を、モンテディオ山形U-23マーケティング部の学生たちは、真剣な眼差しで受け止めていました。
基調講演でこの言葉を語ったのは、医療×テクノロジーという領域でイノベーションに挑む、株式会社SCOグループ代表取締役会長・玉井雄介さん(以下、玉井)。40歳で会社経営を始め、当時はレンタサイクルで1日4〜5件の歯科医院を訪問するという“ゼロからのスタート”でした。それでも信じ続けたのは、自分の「やりたいこと」だったのです。
ビジョンが人を動かし、カルチャーが組織をつくる。阿波おどりに本気で取り組む企業文化の裏にある、成長の理由。そして、これから挑戦を始める学生たちに向けて――「誰にも評価できない時代をどう生きるか」というメッセージが贈られました。

40歳からの挑戦|自転車で駆け回って見つけた社会課題
ーー玉井さんがこの事業を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
玉井)社会人で初めて勤めたのは、小口金融、いわゆるリテールと呼ばれる領域の会社でした。そこから決済やペイメントの分野を得意として20年近くサラリーマンとして働きました。
この会社を始めてから、同じようにキャッシュレスや決済、金融といった領域で仕事をしても、「何のための事業なのか」「何のための仕事なのか」「何のための会社なのか」。その部分をしっかりと作らなければ、人は集まらないと感じました。そこから、公共性や社会性といったことを意識し、考えるようになったのです。
その当時たまたま営業先として出会ったのが歯医者さんでした。当時は事務員の女性が1人と私の2人で、事務員の方がアポイントを取って私が営業に行く、本当に会社も人もなにもない状態からのスタートでした。
ーー当初は2人で事業を始められたのですが?
玉井)そうです。何もない状態の会社を買ってスタートしたので、ある意味創業のような形です。部下が何十人もいたサラリーマン時代から一転、「40代になってまだこんなに苦労するのか」と思いながら営業活動をしていました。1日4,5件の歯医者さんとのアポイントを取り、レンタサイクルで都内を走り回っていました。
大変ではありましたが、そのおかげで歯科医院における課題、医療従事者と一般市民のリテラシーのギャップを感じ、この社会課題に自身の事業で取り組もうと思えたきっかけにもなりました。
ーー自転車に乗って1日4,5件のアポイント。これはいまの玉井さんから考えるとかなりインパクトのある姿ですね。

社会性のあるビジョンが人を動かす組織を作る
ーー玉井さんが起業しようと思った動機はなんでしょうか?
玉井)私自身、実は「自分は経営者には向いていない」と思っていました。ですが、前職で自分が担当していた事業の関係で、自分で経営をせざるを得ない状況になってしまったこともあり、それまで取ってこなかったリスクを取る“起業”という決断をすることになりました。
ーーそこから8年で今の規模まで会社が成長してきているわけですが、この急成長の要因はどこにあると考えていますか?
玉井)先日、とある経営者の方と話していて改めて再確認したのですが、やはり大事なのは“ビジョン”ですよね。どのような使命や想いを持ってその事業をやっているのか、なんのためにやっているのかという話です。そうしたビジョンが会社のカルチャーとなり、多くの素晴らしい人材が集まり、この会社で、この事業で社会の課題をもっと解決しなきゃいけないという想いが常にグルグル回って、1つの集合体となって前進し、大きくなっているのだと思います。
事業ドメインの異なるグループ会社もありますが、そうしたビジョンやカルチャーがしっかりしているからこそ成長できているのではないかと思っています。とくに今の時代には、社会性のあるビジョン、無形の資産や生きがい、社会課題の解決などが必要だと思っています。
ーーこうしたビジョンの浸透やカルチャーづくりは多くの経営者が苦労されている部分だとは思うのですが、そのあたりは玉井さんはどのような働きかけをしているのでしょうか?
玉井)SCOグループには、一言で言うと“主体的な人たち”が集まっている組織だと感じています。しかし、挑戦することやクリエイティブなことを続けていくためには、そうした特徴の人が集まるということだけではなく“毎日の働きかけ”が重要です。
ーーSCOグループさんの阿波おどりプロジェクトを間近で見ていたのですが、社員の皆さんが終業後に体育館に集まり、とんでもない量の練習を声をかけ合いながら本気でやっていました。これは本当にすごいことだと思います。
玉井)会社側から、「阿波おどりに参加しよう!」と提案したときに、SCOグループの社員は面倒などと思わず、「これを乗り越えるとどんなものが得られるのか?」という考え方で取り組んでくれました。中途半端にやるともったいないことを始めからわかっていて、だからこそ一生懸命になり、すごく感動する体験になる。主語を自分に置くのではなくて、人を喜ばせたり感動させたりすることをすると、自分にとってものすごくプラスに働くということを認知していますよね。
発破もかけながらですが、「徳島の人たちを感動させたい!」という想いで練習し、最終的に地元の人たちが「すごい踊りだった」「感動した」という感想を得られたときに、自分たちのやってきたことが報われます。
こうした活動は、単なる課外活動ではなく、確実に日常のマインドセットに影響します。「生き方を伝えていく」ことは会社のビジョンにもあるのですが、阿波おどりだけではなくさまざまな社会活動に真剣に取り組むことで、それは事業に密接に関係しているということを社員は理解してくれています。

ーーそうした部分が成長の要因なのですね。今後、SCOグループは事業やさまざまな活動を通してどのような未来をつくりたいと考えていますか?
玉井)大きな話で言うと、「子どもたちが健やかに、安心・安全に過ごせる社会を作らなければ」と考えています。
より具体的に、私たちが取り組む医療分野で言えば、1人ひとりが平等に医療を享受できるような環境を作りたいですね。この資本主義社会では、みんな平等というわけにはいかない現実はありますが、最近はそれぞれの生き方、多様性を寛容に受け止めることもできるような社会になっていることを考えると、「どんな人にもいくらでもチャンスがある」と私は思います。そうした部分に私たちは医療の面からアプローチしながら、教育・行政などもう少し多様性を受け止められる社会にしていき、どんな人にもチャンスがある世界に近づけていきたいです。
僕自身、大学に行ってないですし、高校のときには親の言うことを聞かずに一人暮らしもしたり、勉強せずに過ごしてきました。それでも一生懸命にやっていると、東京大学の安田講堂でお話する機会をいただいたり、大学のスポーツコンソーシアムでの講師の機会をいただけるようになるわけです。
それぞれにいろいろな生き方がありますが、その“生き方”をちゃんと自分の中で持ち、芯を貫いてやっていくと誰かが応援してくれて、非線形に社会は変化していきます。

「好きなことに向き合う胆力」が、壁を越える力になる
ーー玉井さんの挫折や失敗の体験も聞かせていただければと思います。
玉井)“挫折”はないですが、“失敗”はたくさんあります。失敗は再現性の高い自分の人生の糧だと思っていて、「これは神様が与えてくれた俺の課題だ!」と思ったりもしますね。なんで俺ばかり、と思い始めるときりがありませんが、ありがたい試練だ、絶対に乗り越えられると思っていると、あとあとで糧になりますし、これまでの人生でもそうした経験をたくさんしてきました。
ーーほかの人から見ると挫折や失敗だと思うことも、玉井さんのなかでは“いい機会”として捉えられているのですね。
玉井)先日、中学2年生向けに夢や目標について話す機会があったとき、「好きなことをやればいいんだよ」ということを伝えました。どんなに好きなことでも、必ず壁は訪れますし、その壁を乗り越えるためには、胆力を持つことが大切だと、私は強く思っています。
私自身、昨年トライアスロンを完走しましたが、実は泳ぐことが苦手で、最初は25メートルすら泳げませんでした。それを乗り越えるために、練習量を増やし、体の使い方を研究し、さまざまな方法を試みました。
私の場合はトライアスロンでしたが、こうした「乗り越えた」経験は、自分自身に大きな影響を与えるものです。乗り越えるための胆力を持っていれば、誰かの目標になれるかもしれませんし、そこにこそ価値が生まれるのだと思います。
成功の定義にはさまざまな考え方がありますが、きっと「自分自身の心にハマるもの」があるはずです。それに出会い、訪れた壁を乗り越えたときにこそ、失敗の大切さを実感するのではないでしょうか。
ーー学生のうちにチャレンジすべきことは?
玉井)若い自分だからこそできる「自分の好きなこと」に挑戦することが、大切だと思います。今の企業や社会は、学生がさまざまな経験を積むことを許容しています。だからこそ、今この瞬間にできることへ、貴重な時間を使ってチャレンジしてほしいと思います。
弊社には、中途入社した社員で、大学を卒業するまでに9年かかった人がいます。
「なぜそんなに時間がかかったのか?」と尋ねると、「囲碁にハマっていた」と答えました。彼はそれを「やり切った」と言えるまで取り組み、その後に卒業したのです。
私は、そんな彼のおもしろさに惹かれて採用しましたが、いまでは弊社のAI部門の責任者を務めています。
「大学を卒業するのに9年かかった人がAIの責任者」というと意外に聞こえるかもしれません。けれども、自分の好きなことに真剣に向き合い、追求した経験を日本の企業が受け入れるようになっている、そんな一例だと思います。だからこそ、皆さんには安心して、自分の好きなことに向き合ってほしいと思います。

“誰にも評価できない時代”を生き抜く|学生へのメッセージ
ーー学生からの質問です。組織作りにおいて玉井さんが大切にしていることはなんでしょうか?
玉井)少人数のグループから100人以上の組織へと成長した今でも、私たちは「社員同士が必ずリスペクトを持ち、陰口を言わない」ということを大切にしています。思ったことや不満があれば、しっかり議論をする。そうしてきた結果、社員の間で非常に活発な議論が日常的に生まれているのだと思います。
もちろん、言いにくい場面もあるでしょう。しかし本質的に、愚痴や陰口を言ってしまうのは、中途半端な姿勢なのではないかと感じています。私自身もサラリーマン時代には、そうした時期がありました。
けれども、一生懸命に取り組んでいれば、愚痴よりも知恵が出て、さまざまな機会に恵まれていくものではないかと思います
ーー別の学生からの質問です。私は“学校の先生になりたい”と中学生の頃から思っています。でも、まわりから「やめておけ」と言われることもあるし、お金も稼ぎたいとも思うようにもなっています。
玉井)その“教員になりたい”という想いは、1週間前に思いついたようなものではなく、いろいろな壁を乗り越えて“やっぱりなりたい”と思えているものだとするのでれば、絶対に貫いたほうがいいと思います。
ただ、時代の変遷とともに教員の在り方や考え方は変わってきます。なぜ教員をやりたいのか?どんな教員になりたいのか?と聞かれたときに、子どもたちの未来のためであるとか、自分の経験を持ってこんなことを教えていきたいとか、子どもたちに主眼を置いて考えられるとより良いのかもしれません。教育は本当に大事ですから、あなたのような強い意志を持った方が現場にでて教育を変えるとなると、子どもたちも変わるのではないかと思います。
ーー最後に、モンテディオ山形のU-23マーケティング部プロデュースでーに向かっていく学生たちに、メッセージをお願いします。
玉井)僕から言えるのは、生き方も考え方も、やること一つひとつに「間違い」はないということです。
「自分たちがやりたいこと」というのは、結局のところ自分が一番よく分かっています。いまは、誰にも正しく評価できない時代です。皆さんは、これから自分のことをアウトプットしたり、仲間とさまざまなことを語り合ったりする機会も多いでしょう。
でも、全員が正解であり、同時に誰も間違いではありません。何度も言いますが、これからは“誰も評価できない時代”です。いい意味で、どうなるか分からない。そんなおもしろさがあります。
だからこそ、皆さんのような若い人たちが楽しみながら、モンテディオ山形を通じてこの地域を活性化してくれれば、とても嬉しく思います。
ーーありがとうございました!

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