茨城県古河市で2022年に始まった『スポーツフェスタ古河』が、わずか4年で1万5千人を動員するイベントへと成長しています。
このフェスタの背景には、「スポーツを通じて地域を一つにしたい」という行政職員たちの強い想いがありました。かつて“サッカーの街”と呼ばれながらも、30年近くスポーツによる地域づくりが停滞していた古河市。その中で、地区ごとに分かれていた運動会を一本化し、市民・企業・競技団体を巻き込んでスタートしたのがこのイベントです。なぜスポーツフェスタはこれほど多くの人を惹きつけているのか。その裏側にある地域の変化と、人々の挑戦に迫りました。
“サッカーの街”の記憶と停滞|古河市が抱えていた地域スポーツの課題とは?
ーー茨城県古河市と言えば、どんなスポーツが人気なのでしょうか?
中山)古河市と言えば、全国高校サッカー選手権で2度の優勝経験がある古河第一高校のイメージが強く、とくに年配の方は“サッカーの街”と言う方が多いです。小学生年代、中学生年代でも全国優勝経験を持つチームがあり、小・中・高とすべての年代で全国レベルの実績を持つ自治体は数少ないです。実は、Jリーグ立ち上げの際にあるチームのホームタウンとして古河市が候補となったこともあるほど、古河市とサッカーの繋がりは強いのですが、当時の市長の方針で“スポーツによる街づくり”は後退せざるを得ない状況にもあり、そこからはしばらくスポーツでの動きは停滞してしまいました。
バレーボールや野球でも、全国優勝やプロとなって活躍する選手が出るなど、個々でみると活躍があり、盛り上がりもあるというのが現状でしたね。
ーー古河第一高校の野球部出身の牧川さんは、古河市とスポーツの関係性で実感したことはありますか?
牧川)高校卒業後、九州の大学に進学したのですが、「古河第一高校出身です」というと、サッカーの話をされることがやはり多かったですね。全国的にサッカーをきっかけに古河のことが知られているのは嬉しく思っていました。
ーーそんな古河市で、2022年から『スポーツフェスタ古河』が始まりました。年に一度、総合公園であるイーエス中央運動公園で大々的に行われるイベントですが、どのようにして始まったのでしょうか?
中山)現在の古河市は、旧古河市、総和町、三和町の3つの自治体が20年前に合併してできました。ただ、合併はしたものの、それぞれの地区でイベントが継続して実施されており、例えば地区の運動会は同じような時期に場所を変えて3地区で行われていました。
2020年以降のコロナ禍によりさまざまなイベントがこれまで通り実施できなくなったことで、改めて事業を見直すことになりました。そのタイミングで、これから“スポーツの街・古河”を作っていくためにはどうすればいいのか?を考えた末に、これまで3地区それぞれで行っていた運動会を廃止し、『スポーツフェスタ古河』という形でスタートをきることになりました。
ーー『スポーツフェスタ古河』をスタートさせる際、どんなことに苦労されましたか?
中山)「これまでやってきたものを変える」というのは、どこの自治体でも難しいものです。市民の方へのアンケートをもとに、市内の方々が集まる場所へ出向きながら「新しいイベントに変えて、スポーツで街を盛り上げたい!」というこちらの想いを伝えることが、苦労したポイントです。
これまでの運動会は地区のリーダー的な役割の方が、「人を集めなければ」といろいろな人に声をかけて参加を募っていましたが、時代とともに地域コミュニティが希薄になる中でなかなか苦労があったそうです。『スポーツフェスタ古河』は参加無料、気軽に楽しめるコンテンツを提供し、市民の個人意思で参加できるイベントにしたことで、多くの市民から受け入れられるようになっていきました。
右肩上がりの4年間|地域企業と競技団体を巻き込む好循環
ーー2022年の第1回以降、参加した人数は右肩上がりに増えています。とくに2025年に行われた第4回は、どのようなイベントにしたいと思っていたのでしょうか?
中山)今回は、「スポフェスは新たな体験へ」を大きなテーマとして開催しました。これまでの3回の、“多くの種目を体験できるイベント”を継続しつつ、新たにプロダンスリーグDリーグのavex ROYALBRATSさんによるパフォーマンスやワークショップ、ムラサキスポーツさんによるアーバンスポーツ体験コーナー、本田圭佑さん発案の『4v4』の大会を同日に実施するなど、プラスアルファの要素を取り入れました。
牧川)地域の企業さんからのご協賛も増え、より魅力のあるイベントになっていると感じます。市の予算だけでなく、企業さんも応援してくれていることで、企画段階から「もっとこんなこともできるのでは?」と、より自由な発想ができるようになってきたと感じています。
また、ブースを出展してくれている各競技団体も、「どうやって来てくれたお客さんを楽しませようか」という工夫が、第1回目から比べると格段に成長していると感じます。
ーー協力してくれる団体や企業からは、どんな声が聞かれますか?
牧川)「スポーツをやらせたいけど、いきなりチームに参加するのはハードルが高い」と思っている保護者の方にとって、スポーツフェスタのブースに遊び感覚で連れて行くことで子どもの興味を見極めたり、チームの雰囲気を知れたりするいい機会になっていると聞きます。実際にスポーツフェスタがきっかけでチームに入ったり、空手では「この方に指導を受けたい」と古河市に移住してきてくれた人もいるほどです。
中山)こうした反応は、スポーツフェスタの持つ波及効果を実感できる、非常に嬉しい出来事です。実際にブースを出されている企業や団体からも、楽しみながら地域貢献できている実感の声をいただいています。
1日のイベントから365日のムーブメントへ|次なるステージ
ーー古河市のスポーツ振興課としても、その役割を果たしていく上で『スポーツフェスタ古河』がとても重要なものになっているのではないでしょうか?
牧川)「誰もがいつでもどこでも参加できるスポーツの推進」を目指し、古河市では「スポーツタウン古河、地域まるごと運動場」という言葉をテーマに掲げています。『スポーツフェスタ古河』のようなイベントも大事ですが、スポーツ振興課としてはスポーツ施設の維持管理も重要な役割ですし、スポーツ協会や少年団などの関連団体と協力し合って同じものを目指して行く必要があります。
中山)その大きな目標に向かって、今はまだ進んでいく過程にあります。これからもスポーツ振興課での取り組みだけでなく、学校や企業を巻き込むことでさらに発展させていきたいです。
ーースポーツフェスタ古河は今後どのような位置づけになっていくのでしょうか?
牧川)年間で1日の大きなイベントではなく、年間を通してスポーツ振興のことを考えていくためにこのイベントを成長させていきたいです。2025年は、ドリームバレーボールや大相撲巡業などの事業も行いました。これからはスポーツフェスタ古河を中心に、さまざまな“波及”を生み出せればいいなと考えています。
「日本一のスポーツフェスタ」を目指して
ーー今後も『スポーツフェスタ古河』が古河市にとって大事な施策になっていきますし、さらに発展していきそうですね。
中山)先日の第4回が終わり、アンケートにはさまざまな市民からの意見が寄せられています。市民からのニーズを大切にし、地域に愛されるイベントにしていきたいです。このイベントを通して、行政だけでなく、民間企業さんの力の大きさも年々実感しています。官民一体となって地域全体で盛り上げ、作り上げるイベントにさらにバージョンアップさせていきたいですね。
牧川)“体を動かす”だけでなく、“心も動かす”ことを次回のより大きなテーマとして取り組みたいと考えています。そこに熱量が生まれるような場所を作れるよう、コンテンツを磨き上げていきます。
ーー将来的な『スポーツフェスタ古河』の目標を教えてください。
中山)最終目標として、「日本一のスポーツフェスタにしたい」という想いは持っていますが、まずは関東で一番のスポーツフェスタにしたいと思っています。市民も、企業も、行政も楽しめるイベントにはどうしていけばいいのか?ということを常に考えながら、このイベントを育てていき、最終的に日本で1番のスポーツフェスタになればいいですね。
牧川)イベントを作るにあたり、プロスポーツの興業の現場など、さまざまな勉強をしながら進んでいきたいです。イベント当日の見せ方だけでなく、情報発信なども含めてまだまだ学ぶべきところがたくさんあります。初回からご一緒している日野レッドドルフィンズの試合観戦にも行かせていただいたり、今回ご出演いただいたDリーグ・avexROYALBRATSの試合にもお邪魔して、私たち自身がいろいろな刺激をいただきながらこのスポーツフェスタの未来を作っていければと思っています。
ーー今後の古河市のスポーツが楽しみです!ありがとうございました。
