資生堂の企業スポーツ・実業団といえば2022年に『クイーンズ駅伝』を制した女子駅伝でも有名な陸上チームです。
2016リオオリンピック10000M日本代表の高島由香選手、2019ドーハ世界選手権5000M日本代表の木村友香選手、2020東京オリンピック女子マラソン日本代表の一山麻緒選手、2022世界選手権10000M日本代表の五島莉乃選手をはじめとした有力選手が集い、日本の陸上界を長年引っ張ってきた存在です。
この資生堂の陸上チームは、「陸上部」や「駅伝部」ではなく、「資生堂ランニングクラブ」と呼称されています。
そこには知られざる物語と、脈々と受け継がれる「応援」のDNAがあります。今回は、資生堂ランニングクラブ選手の五島莉乃選手(以下、五島)、川村ゼネラルマネージャー(以下、川村)、岡内事務局長(以下、岡内)にお話を伺いました。
ひとりの女性社員を応援することから始まった
ーー資生堂ランニングクラブの成り立ちについて教えてください。
岡内)1979年、世界で初めて女性限定のマラソン国際大会が東京で開催されることになりました。それが2008年まで続いた東京国際女子マラソンです。
当時、資生堂は大会に協賛する立場でしたが、社員だった松田千枝さんがたまたまそのマラソン大会に出ると聞き、「社員が出場するならみんなで応援しようよ!」と集まったことから始まりました。
ーー女性社員を応援することが始まりだったランニングクラブですが、発足から40年以上が経った今、どのようなことを目指して活動しているのでしょうか?
川村)チームが一丸となってチャレンジしていく姿を見せることで、社員の皆さんに元気や感動を与えたり、誇りを共有するような存在になることを目指しています。
選手が走る姿を見て、「よし、私たちも明日から頑張ろう!」と思っていただけるようなチームになっていくことを一番大事に活動しています。
コロナ禍においてはなかなか社員と直接触れ合うことも難しいのですが、いろいろな媒体を活用しながら選手の人柄などを発信していくことにも取り組んでいます。
ーー社員とのつながりを大切にされているとのことですが、ランニングクラブとして情報を発信する際に心掛けていることはなんでしょうか?
川村)私たちのクラブの選手たちは、世界選手権代表の五島をはじめ、いわゆるトップアスリートが揃っています。トップアスリートは、「いろいろな挫折、苦悩がありながら挑戦し続けることができた存在」です。その苦難を乗り越えたストーリーを知ることで共感が生まれ、そのうえで実際に走る姿を見ることにより感動や勇気を与えることができるようになります。単純に「資生堂の選手は強いね」ではなく、「資生堂の選手の頑張りに勇気をもらった」という人が増えてくれたら嬉しいですね。
五島)選手としても、レースの結果だけでなく、社員の方から「スタート前の緊張とゴール後の笑顔に元気をもらえた」「歯を食いしばって腕を振る姿を見て、私も頑張ろうと思った」などの声や励ましをいただくととても嬉しく、力になります。
資生堂の宣伝として走っているわけではない
ーー少し話が戻りますが、資生堂ランニングクラブは、「陸上部」ではなく、「クラブ」という名称になっているのには何か理由があるのでしょうか?
岡内)先ほどもお話したように、東京国際女子マラソンで「松田千枝さんが出るから応援しよう!」という活動がランニングクラブ発足の大きなきっかけです。競技をするための陸上部ではなくクラブ活動のような形で始まり、そこから自然に大きくなっていきました。その当時の活動や想いが受け継がれ、「ランニングクラブ」という名称が今でも残っています。
ーー会社からではなく、社員の「走りたい」「走るのが好き」という想いから発展した、まさに『クラブ』なのですね!
岡内)当初はユニフォームもなかったので、松田千枝さんは「少しでも資生堂らしく」と椿の柄の入ったシャツで大会に出場されていたというエピソードもあります。(笑)
クラブの皆さんが頑張っていることが会社にも認められ、発展していきました。
ーーそうした自然発生的なクラブが、今では日本を代表する選手を輩出する実業団になっています。今に至るまで、どのような部分が変わり、反対に変わらずにいるのでしょうか?
岡内)少しずつ強い選手が増え、その人と走りたいと思う選手が入ってきてくれて、という感じで徐々に強くなっていきました。
今も昔も変わらないのは、「資生堂の宣伝」として走っているわけではないということです。「選手の活躍を資生堂が応援している」という姿勢は今でも継続しています。
ーーそうした姿勢は、選手にとっても嬉しいのではないでしょうか?
五島)そうですね。資生堂に入ることを選んだのも、選手として挑戦する機会が多くあることもそうですが、「応援してくれる」文化があるということが大きかったです。選手としてだけではなく、1人の社会人としてどうなりたいかという点も、入社前にもいろいろと話をしてくれました。「陸上選手としての五島莉乃」ではない部分も見てくれたことが、最終的な入社の決め手にもなりました。
川村)やはり、選手には長く走ってもらいたいですし、会社でも活躍してほしいと思っています。強ければよいというわけでなく、「この選手を応援したい」と思えることも資生堂ランニングクラブの理念を実現するために大事な要素です。ですので、ただ競技のタイムを見るだけでなく、この人は資生堂の中でどういう仕事に向いているか、なども考えながらスカウトをしています。
地域の方々にも応援してもらえるクラブに
ーー資生堂ランニングクラブは、社外や地域との関わりなどもあるのでしょうか?
岡内)以前、全日本実業団対抗女子駅伝が岐阜県で行われていた際に、開催地である岐阜県の小学校でランニング教室をしていました。そもそもの始まりは、資生堂の支店の目の前にあった小学校の子どもたちが、ランニングコースの清掃をしてくれていたことにあります。その小学校から「ランニング教室をできないか?」と相談を受けた際に、ぜひ恩返しをしたいということでスタートしました。駅伝大会には、小学校の生徒や保護者の方など本当に多くの方々が応援しに来てくれて、とても励みになりましたね。
ーー地域との関わりがまた新たな応援を生んでいたのですね。
川村)全日本実業団対抗女子駅伝(クイーンズ駅伝)が仙台に移ってからは、仙台でも小学生との交流が行われています。日本実業団陸上競技連合が旗振り役となって、大会後に各小学校を訪問しています。
五島)残念ながら現在はコロナ禍で実施できていないのですが、子どもたちへのランニング教室、ぜひ私も一緒にやりたいなと思っています。
ーー地域と関わり、応援してもらうことはランニングクラブの歴史の中でも重要なものだったと思いますので、またその関わりが積極的にできるようになるといいですね。
「応援」から始まり、その文化が受け継がれている。「選手の活躍を資生堂が応援している」という言葉も非常に印象的でした。これからも頑張ってください!
フォトギャラリー
「“資生堂らしい選手”と言われるとうれしい」と話す五島莉乃選手。レース時にする三つ編みも、実用性だけでなくファッション性にも優れています。