長野県で創業し、いまでは全国的な“キノコのメーカー”であるホクト株式会社。
その歩みの根底には「地元に育ててもらったから、地元に還元する」という揺るがぬ哲学があります。もともとは包装資材の仕入れや販売から始まった会社が、地元農家や地元業者とのつながりに支えられて成長し、いまや国内外に拠点を持つ企業へと進化しました。
工場を建てて雇用を生む昭和的な還元から、人々の暮らしや心に直接届く令和的な還元へ。時代が変わり、地域貢献のあり方も変化するなか、ホクト株式会社の水野雅義社長(以下、水野)は、その象徴が「スポーツ支援」だと考えます。
社員と地域がともに喜び、誇りをわかち合える“スポーツの力”を最大限に活かしながら、新しい挑戦を続けるホクトの“地域への恩返し”の物語を紐解きます。

地元にどう還元するか、ホクト流「地域への恩返し」
ーーまずは、ホクト株式会社が長野県内のスポーツチームを支援するに至った背景や、地域との関わりについて伺いたいと思います。水野社長は「地元に育ててもらったからこそ、地元に還元したい」と語っています。その想いの原点をお聞かせいただけますか。
水野)一言で言えば、「地元に育ててもらったから今がある」という実感に尽きます。ホクトの事業は最初から全国展開していたわけではなく、本当に小さな商売からスタートし、地元の農家さんや食品関係者とのつながりから始まりました。
ーー当初は、今のようにきのこ事業が主力ではなかったんですよね。
水野)もともとは包装資材の仕入れ・販売からスタートしました。たとえば、きのこの栽培に必要な資材を自分たちで作ったり仕入れたりして、農家さんに届ける。農家さんが栽培しやすくなるように環境を整える。そうやって地域に必要なものを供給しながら大きくなっていきました。
だからこそ「地元に育ててもらった」という思いが強い。農家さん、スーパーさん、食品事業者の方々に支えていただいたからこそ今のホクトがある、ということは決して忘れてはいけないことです。
ーー創業以来、昭和・平成・令和と時代が変わるなかで、地域貢献のあり方も変わってきたと思います。
水野)昭和の頃は、地域貢献といえば工場を新設してその地域に雇用を生むことでしたし、それが一番わかりやすい地域還元の形でした。ところが今はそのような時代ではありません。国内外に拠点を展開し、効率化を追求する今、工場を増やすことはそのまま地域還元にはつながらない。だからこそ、「人々の生活に直接届く還元」が必要だと感じています。スポーツ支援や地域イベントへの協賛はその代表例です。
ーー 「スポーツを支援する」というのも、そうした時代の変化に応じた地域還元の形なのですね。

「勝つことが地域を盛り上げる」スポーツ支援を選んだ理由
ーー地域貢献のひとつの形が「スポーツ支援」と伺いましたが、そもそもなぜスポーツなのか。その理由を率直にお聞かせください。
水野)一番の理由は、「勝つことで地域が盛り上がる」からですね。スポーツというのは、勝ち負けがはっきりしているからこそ強いチームが地域にあると、街全体が大きく盛り上がります。
長野県内でも、松本山雅FCがJ1に上がったときなど、実際にそういう光景を何度も見てきました。私も役員になっている独立リーグの信濃グランセローズも、最初はなかなか勝てないチームで、ファンや地域の人たちも「大丈夫か」と心配していましたが、長い時間をかけてチームが少しずつ強くなっていき、監督やコーチの努力も積み重なり、ようやく『日本独立リーググランドチャンピオンシップ2024』で日本一を勝ち取りました。あの瞬間の喜びは、関わったすべての人にとって特別なものでしたね。

ーースポーツの盛り上がりは、社員の皆さんにも大きな影響を与えているのではないでしょうか。
水野)バスケットボールの信州ブレイブウォリアーズを応援していて、社員の中にはプレーオフすべての試合を追いかけて鹿児島・千葉・福岡と遠征した人もいました。最初はそこまで熱心じゃなかった人が、いつの間にかのめり込んでいき、夢中になっている姿を見ると、仕事だけでなく生活そのものが豊かになっていると感じます。「スポーツの力はすごいな」と感じますね。
ーーここまで伺っていると、スポーツは地域にとって単なる娯楽を超えた存在だと感じます。
水野)スポーツは地域の誇りを形にし、経済を動かし、人の気持ちを前向きにします。社員の誇りにもなる。だからこそ、企業の地域貢献の手段としてスポーツは最も効果的な選択肢の一つと考えています。
強いチームが存在し、勝てば街が沸き、人が集まり、経済が動く。負け続ければ盛り上がりは続かない。だから私はあえてストレートに「クラブは強くなければならない」ということを伝えたいですね。
社員の声が企業を動かす。“ホクトらしさ”が光る支援のかたち
ーーここまでのお話を伺っていて、「スポーツは地域を動かす」という信念がとても伝わってきました。ただ、ホクト株式会社の取り組みを拝見していると、他の企業支援と違う“ホクトらしさ”があるように思います。その特徴はどこにあるのでしょうか。
水野)“社員とともに歩む”という姿勢でしょうか。トップが「このチームを支援する」と決めてお金を出すだけなら簡単です。でもホクトの場合は、社員の想いや地域拠点の声を大切にしながら進めていることが、他社との違いだと感じています。
我が社の仕組みとして「社長室行きの封筒」制度があり、誰でも私宛に手紙を送れます。その制度を利用して長野県内のきのこセンターで働く社員が、「ぜひ AC長野パルセイロのスポンサーになってほしい」と手紙を送ってくれました。差出人の名前もなかったのですが、その熱意に心を動かされたことがスポンサーを始めた大きなきっかけにもなりました。
ーー社員からの直談判ということですね。
水野)私はその手紙を読んで、「よし、やろう」と背中を押されました。トップダウンではなく、社員の声が意思決定を動かした瞬間でしたね。スポンサーをすることが、単なる地域貢献ではなく、社員の誇りにもつながるんだと気づかされました。
ーー子会社のホクト産業の名義で、AC長野パルセイロのライバルチームでもある松本山雅FCのスポンサーにもなっています。
水野)ホクト産業として松本に支店を置いているので、そこで働く社員からはもちろん「松本山雅の応援をしたい」という声も出てきますよね。会社全体として応援することはなかなか難しいですが、小口でもスポンサーに入ることで、そこで働く社員にとっては大きな意味があると思っています。実際、松本の事業所では山雅のポスターを額に入れて飾っていました。社員にとっては「自分たちの会社が応援している」という事実が誇りになる。金額の大小ではなく、社員の気持ちに寄り添う支援こそがホクトらしさだと思います。
ーーホクトでは、現役選手を社員として雇用している例もあると聞きました。
水野)AC長野パルセイロのレディースチームの選手が働きながら競技を続けています。社員として同じ職場で働いている姿を見ると、同僚たちも「応援しに行こう」と自然に思えるようで、多くの社員が応援に行っています。
「隣で一緒に働いている仲間が出ている」というリアルさが応援したいという気持ちや熱量につながるんでしょうね。地元のスポーツ選手にこのような働き方を提供することも、ホクトらしい支援の1つだと思います。

「住む人・来る人がワクワクする街へ」スポーツとともに描く信州の未来
ーーここまで「地元に還元する」考え方や社員とともに歩む支援の形を伺ってきました。最後に、これからのホクト株式会社のスポーツ支援、そして信州スポーツの未来についてのお考えをお聞かせいただけますか。
水野)ホクトとしては、すでに野球、サッカー、バスケットボールと、長野県のプロスポーツチームを幅広く支援しています。ただ、その中で私が一貫して伝えたいのは、繰り返しになりますが「クラブは強くならなければならない」ということです。
スタジアムを建てるにしても、スポンサーを募るにしても、結局はチームが強くなければ地域は盛り上がりません。松本山雅FCがJ1に上がったときのアルウィンの熱狂、信州ブレイブウォリアーズがB1で戦ったときのアリーナの熱気。あの光景はすべて「強さ」が生んだものです。
ーー長野のスポーツは、地域ごとのライバル関係と協調の両方が特徴的ですが、その未来はどうあるべきでしょうか。
水野)私は、オール信州で協調しながら、健全な競争を続けるのが理想だと思います。松本と長野の競争関係もそうですし、バスケットボールの信州ブレイブウォリアーズも、エプソンさんのような大企業と一緒に取り組めるようになりました。こうした協力関係がクラブを強くし、地域全体を盛り上げることにつながると思っています。
ーー「協調しながら競争する」。企業経営にも通じますね。
水野)お互いに切磋琢磨しながら、同時に「信州全体を盛り上げる」という大義を共有する。これが地域スポーツの未来像だと思います。
私が会頭を務める長野商工会議所では、スローガンに「住む人・来る人をワクワクする街 長野」を掲げていますが、そのワクワクの最短距離はスポーツです。日本ハムファイターズの新球場や、V・ファーレン長崎の新スタジアムを視察すると、街全体が活気づいているのを感じます。人が集まり、試合後には飲食店がにぎわう。経済が循環して、住民も来訪者も「この街は楽しい」と思える。それを長野でも実現したいですね。
ーー最後に、信州のスポーツに関わるすべての人に向けてメッセージをいただけますか。
水野)私が願うのはシンプルです。強いチームがあり、勝つことで地域をワクワクさせ、人を集め、街を豊かにする。そしてその輪の中で、企業も、社員も、サポーターも、みんなが誇りを持てるようになる。スポーツはその力を持っています。
だからこそ、クラブには挑戦を続けてほしいし、私たち地元の企業は支え続けたい。社員の誇りを守りながら、地域に還元しながら。そして何より、「住む人・来る人がワクワクする街 長野」を一緒につくっていきたいと思います。
ーーありがとうございました。





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