well-being(ウェルビーイング)とは「幸福」のことで、心身だけでなく社会的な健康も意味する概念です。決まった定訳はなく、満足した生活を送れている状態、幸福な状態、充実した状態など「多面的に持続的な幸せな状態」を表す言葉で、瞬間的な幸せを表す英語happinessとは区別されて使われます。今回は、well-being(ウェルビーイング)の意味や近年注目されるようになった背景、また企業で取組まれている事例などをわかりやすく解説します。
well-being(ウェルビーイング)とは
well-being(ウェルビーイング)とは、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念で、日本語では「幸福」と翻訳されます。しかし、冒頭でも述べたようにhappinessとは明確に区別されており、well-being(ウェルビーイング)は持続的な状態を意味する言葉です。
世界保健機関(WHO)憲章の前文には、「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.(健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます)」という文章があり、この中でwell-being(ウェルビーイング)という表現が使われています。
幸福度を測る指標
ポジティブ心理学を提唱したアメリカのマーティン・セリグマンは、一時的な快楽ではなく「持続的な幸せ」の重要性を説き、2011年に計測可能なwell-being(ウェルビーイング)理論を構築しました。この理論は、イニシャルをとって「PERMAモデル」と呼ばれ、個人の幸福を構成する以下の5つの柱から構成されています。
PERMAモデル
- Positive Emotion:前向きな気持ち(嬉しい、面白い、楽しい、感動など)
- Engagement:没頭できること(時間を忘れて何かに積極的にかかわる)
- Relationship:良好な人間関係(援助を受ける、与える)
- Meaning and Purpose:人生の意味・意義(自分は何のために生きているのか)
- Achievement/ Accomplish:達成する感覚・熟練してく感覚(何かを達成する)
その他にも幸福度を示す指標としていくつかのものがあります。例えば、「一人当たりGDP」、「社会的支援」、「健康年齢」、「人生選択の自由度」、「寛大さ」、「汚職」の6項目で幸福度を計測している世界幸福度報告(World Happiness Report)や、Gallup and the Wellbeing for Planet Earth Foundationが、2020年から世界160カ国のウェルビーイングの測定しているGlobal Wellbeing Initiative (GWI) です。
最新の研究では、所得が不平等よりも生活満足度が不平等の方が幸福度に悪い影響を及ぼすことが明らかになってきました。また、生活満足度の格差が小さいほど、住んでいる国や地域への満足度が高い傾向も明らかです。特に社会的支援の有無や健康年齢の長さは、幸福度向上への大きな影響力があります。このように近年では、GDP以外で幸福度を測ることが増えているのです。
今、well-being(ウェルビーイング)が注目されている理由
ではなぜ、今well-being(ウェルビーイング)はこんなにも注目されているのでしょうか?その理由を国内外別にまとめてみました。
国外でのwell-being(ウェルビーイング)の関心の高まり
世界経済フォーラム2021(ダボス会議)
2021年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)のテーマは、より良い世界のために、私たちの社会と経済のあらゆる側面を見直し刷新する「グレート・リセット」でした。グレートリセットのためには、人々のwell-being(ウェルビーイング)について再考する必要があると提言され一躍注目を集めました。
OECD「Learning Framework 2030」
OECD(経済協力開発機構)は、新たな教育のフレームワーク「Learning Framework 2030」の中で、全人類の繁栄や持続可能性、well-being(ウェルビーイング)に価値を置くべきであり、それらを重視した教育をすべきだと明記しています。また、個人と集団の両方のwell-being(ウェルビーイング)のためにも、物質的な資源へのアクセスのみならず、教育や安全、環境や社会参画などへの公平なアクセスの重要性を指摘しています。
新たな経済概念の登場
well-being(ウェルビーイング)がキーワードとなる新たな経済概念が登場しています。例えばスコットランド、ニュージーランド、アイスランド、ウェールズ、フィンランドは、Wellbeing Economy Governmentsに加盟しており、国や地域としてウェルビーイング・エコノミーの理解を深め、推進することを目指しています。ウェルビーイング・エコノミーとは、経済活動は社会や自然界の他のものの一部であるという考え方で、「健康」「生活水準」「自然環境の質」「労働保障」「市民の政治参加」など多面的な指標を、GDPと並ぶ経済の指標として捉えています。
ほかにも、2015年に国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の1つには「GOOD HEALTH AND WELL-BEING」が掲げられており、ここからも世界的にwell-being(ウェルビーイング)が注目されていることがわかります。
日本でのwell-being(ウェルビーイング)の関心の高まり
働き方改革の推進
働き方改革の推進により、残業時間の上限規制や、産業医の機能強化、同一労働・同一賃金の適用などが定められ、企業は多様な価値観やライフスタイルを持つ従業員が働きやすい環境を整備する必要がでてきました。また、テレワークや副業が可能であるなど、魅力的な労働環境を整備することは、優秀な人材を確保することにもつながります。企業は、どのような働き方であれば従業員の幸福度が増してやりがいを感じるのかといった観点で、制度や仕組みを検討する必要が求められています。
新型コロナウイルス感染症の拡大
新型コロナウイルス感染症の拡大により、自分や家族の幸福について、あらためて考えさせられた人も多いのではないでしょうか。急速に普及したテレワークにより業務効率化や安全性の確保などの効果が得られた一方で、コミュニケーションが断絶した中での業務にメンタルの不調を訴える従業員もいるように、新たな問題点やストレスも表面化しました。そのため、従業員やその家族が健康でやりがいを持って仕事をするための考え方として、well-being(ウェルビーイング)に対する注目が高まっています。
内閣府によるwell-beingに関する取り組み
現在、内閣府主導で「満足度生活の質に関する調査」、「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」、「well-beingに関する関係省庁の連携」の3つの取り組みが行われています。ここでは、well-being(ウェルビーイング)に繋がる政策や各省庁の連携について検討が進められています。
平成30年度雇用政策研究会報告書
厚生労働省による雇用政策研究会報告書では、2040年の我が国が目指す姿として「一人ひとりの豊かで健康的な職業人生の実現、人口減少下での我が国の経済の維持・発展」と定めており、そのために『ウェルビーイング』が重要であるとされています。
人手不足を好機としたウェルビーイングの向上と生産性の向上の好循環の要素として、『多様な働き方の実現』『労働者の主体的なキャリア形成支援』『外部労働市場の機能強化』『副業・兼業、雇用類似の働き方に関する検討等』『企業における人材育成・生産性向上の推進』を挙げています。
(参考資料:平成30年度雇用政策研究会報告書概要)
ムーンショット型研究開発制度
内閣府が推し進める『ムーンショット型研究開発制度』は、我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する国の大型研究プログラムです。
そのすべての目標は「人々の幸福(Human Well-being)」の実現を目指し、掲げられており、将来の社会課題を解決するために、人々の幸福で豊かな暮らしの基盤となる以下の3つの領域から、具体的な9つの目標を決定しています。
(参考:ムーンショット型研究開発制度ー内閣府)
また、京セラを創業し、日本航空などの経営にも携わった稲盛和夫氏は、「全社員の物心両面の幸福」を経営理念としているほか、近年では、トヨタ自動車の豊田章男社長が「トヨタの使命は幸せを量産すること」と発言するなど、企業視点においてもwell-being(ウェルビーイング)の考え方が注目されています。
企業によるwell-being(ウェルビーイング)の取り組み事例
well-being(ウェルビーイング)の具体的な取り組みには、どのようなものがあるのでしょうか。ここでは3社の事例をご紹介します。
楽天
楽天株式会社は、従業員一人ひとりの日常生活や健康・安全 を支える職場づくりを大切にしており、Wellness(ウェルネス)と呼ばれる「従業員 一人ひとりの心と体の健康の発展と維持を目的とした取り組み」を推進しています。CWO(Chief Well-being Officer)を任命し、ウェルネスサーベイ(調査)を毎年実施したり、独自の考え方やスキームを開発するなどユニークな取り組みも特徴的です。
個人でできる取り組みから社内だけの施策に限定せず、サービスやデータといった楽天独自の強みを生かし、政府、教育機関、病院などとのコラボレーションを通じて「従業員のWellness(ウェルネス)」と「社会全体のwell-being(ウェルビーイング)」の実現に向けた活動を行っています。
ローソン
株式会社ローソンは、健康経営宣言の中で「健康は、本人だけでなく家族を含めた望みであり、会社の発展にとっても欠かせない要素」と示しています。また社長自身がCSO(チーム・サステナビリティ・オフィサー:最高サステナビリティ責任者)、かつ健康ステーション推進委員会委員長となり、社内と顧客に向けて健康の取り組みや、健康経営を積極的に推進しています。
健康診断の結果のうち、「肥満」、「血圧」、「肝機能」、「脂質」、「血糖」、「喫煙」の6項目をKPIに定め、具体的な健康支援策を行なっています。またそのほか、社員研修やeラーニングなどを活用して必要な健康情報の提供を行い、社員の健康リテラシーの向上も進めています。
イトーキ
株式会社イトーキは、2017年に制定したイトーキ健康経営宣言の中で、「イトーキは、全従業員が心身ともに健康で安心して業務を遂行し、最大のパフォーマンスを発揮することが企業の発展につながると考えます」ということを冒頭に示し、well-being(ウェルビーイング)に基づいた経営を進めています。
なかでも特徴的な取り組みが、well-being(ウェルビーイング)を意識したオフィス設計です。イトーキの本社オフィス「ITOKI TOKYO XORK(イトーキ トウキョウ ゾーク)」では、高集中エリアや個室ブースを設けることで、生産性の向上を図っています。ITOKI TOKYO XORKでの業務は、同僚との会話やコミュニケーションがしやすく、生産性が向上したという調査結果が出ています。また、well-being(ウェルビーイング)な状態で働ける空間を認証する「WELL認証・ゴールド」を取得しています。